帰省しました(夢)

 8ヶ月ぶりに育った場所の土を踏んだ。辟易する暑さに歓待されながら這い回るように散歩をした。

 シャッターの目立つアーケード、人手の少ない大通り、以前何のテナントが入っていたかを思い出せない空き店舗、見覚えのない店。更地になった所はどんな建物が建っていたかもわからなくなってしまった。

 すっかり陽が落ちた頃、脚に纏わりつく自分の汗を煩わしく感じながら、時計の針から逃げるように歩いていた。小学校低学年まで暮らしていた家の裏手に回って、ふと足が止まった。古ぼけた中華料理屋がある。白かっただろう壁は薄汚れて、蔦が絡まりあったような装飾がある長方形の窓が行儀良く並び、かつては赤い塗料で彩られていただろう観音開きの扉を囲んでいる。看板も人気もなく、おまけに灯りもついていない建物なので、これが中華料理屋だと分かるのは営業中の姿を知っているからだった。幼稚園児の頃、昼間でも薄暗い店内で体格に合わない椅子に座らせられた覚えがある。辛うじて父親に連れられて行ったことは思い出せるが、何を食べただとかどんな料理が出てきたのかはまるきり抜け落ちている。

 私の記憶の中でもこの扉は古めかしく、赤が褪せたような色をしていた。この建物は私が10歳になる前に解体されて駐車場か何かになっていたはずだが、と訝しんで一歩近寄ると、何かがキイ、と軋む音がした。

 何気なく瞬きをしたその時に、脳裏に洪水が巻き起こった。幼稚園児の私が店内に乱入してきた大量の水に攫われ溺れかけている、そんな光景がありありと浮かぶ。息を吸おうにも上手くできない。そういえばこんな夢を何度か見たことがあるな、と悠長なことを考えながら椅子やテーブルが押し流されて壁に打ち付けられているのをぼんやりとした視界で見ていた。水圧が随分かかっているはずなのに扉はびくとも動かない。開けてみようと伸ばした手は外からの大人の自分の手だったのか、内からの子供の自分の手だったのか、それすらもあやふやなまま、また一歩近寄る。

 突然視界に眩しい光が入ってきて、ゴムがアスファルトを蹴る音とともに強い風が吹いてきた。すぐ側を通過した車を見送って振り返ると、時間貸しの駐車場があった。あの陰気臭い建物の影も形もない。息苦しさの主原因であろうマスクを取ると、私の帰りを待っている人のことが思い浮かんだ。